● インスペクションは誰のため?

不動産取引上で言うインスペクションとは家屋調査(ハウス・インスペクション或いはビルディングインスペクション)を意味します。

土地の売買等は例外として不動産と言えば通常は土地と建物(Dwelling)がセットで取引されますが、所有権移転手続きの実務にポイントを向けると、弁護士間で行われる業務は単純には金員の引き換えと共に、登記簿上(Certificate of Title)の名義人変更となります。登記簿上にはどんな家屋が付随しているのかの記載はありません。
従って、弁護士の実務だけを捉えるならば、所有権移転手続き上では家屋自体はオマケ的存在とも解釈できます。


オマケの中身に弁護士は無関心?

オマケと表現しましたが、家屋の状態を書類で確認する事は不可能です。 とは云え、弁護士間同士で確認される事項からオマケの部分が疎外されている訳ではありませんので誤解しないで下さい。 しかしながらほんの一部分と認識しましょう。

オマケ(家)と本体(土地)・・・どっちが重要?

キャラメル買うと箱の中に入ってくるオマケ、本の付録としてついてくるオマケ、中身を分かって買う場合、何が入っているか分からないで買う場合等、オマケに対するプレミアムが本体よりも高い場合もあります。 そのオマケ、お金を払った後で気に入らなかった、または不良品だったとしましょう。
あなたはそのキャラメルを買わなければならないか、それとも返品できるか・・・ 
オマケが気に入らなくとも、キャラメルが好きなら許してしまうかもしれませんね。

キャラメルの例に挙げるまでもなく、現在の不動産取引の中ではおおよそ70%以上の購入者がインスペクションを条件付き契約条項として含めています。

車のチェック(維持・管理)と家のインスペクションは似ている

車を購入する場合にも、私たちは様々な角度から検討します。

1.新車でもリコールで修理が求められる場合もある。
2.どんなに状態の良い車でも、メンテナンスに手抜きがあれば、その後のコンディションに変化を期たす。
3.メンテナンス履歴がハッキリとしている車と不明な車、購入者が選ぶのは前者に軍配が上がる。
4.ワンオーナー車と二桁オーナー暦、同じ車ならどちらが買いか。
5.商業用として使われた車、個人所有の車、傷み具合や不具合率の高いのはどっち?

等々、これらの事例はそのまま住宅購入にも置き換えられます。

客観的診断を依頼する際に遭遇する問題

車の修理を依頼する際や、体の不調に気付いた時、私たちは誰に、または何処に頼ったら良いか判断に困るものですね。
体の不調が全くないまでも健康診断で癌の疑いが発覚、手術を勧められたとしましょう。 直ぐにその指示に従い手術を受ける人もあれば、「自分の体は自分が良く知っている。あのやぶ医者・・・信じるか!」と診断結果に目を向けない人もいらっしゃるでしょう。

それでは家を調査してもらう場合はどうでしょうか。 一部には不動産ブローカーが紹介する検査官に対して懐疑的な意見もありますが、医師や車の整備士であっても専門分野が異なるように、オールマイティな検査官は望めません。
私の場合、異なる物件に対して数人の候補から検査官を推薦しています。 調査費用は家屋の大きさは勿論のこと、調査依頼内容によっても上下しますが、調査費用は300〜700ドル前後と考えて下さい。 一方、高い費用を支払えばよいというものではないと思います。

また、エンジニア(検査官)の仕事は云わば「疑わしき箇所を指摘する」ことにあります。
中古物件を購入する場合、常に完璧さを要求することはナンセンスです。

インスペクションの標準化がスタート

ビルディングアクト2004が施行を受け、今年3月、レジデンシャル・プロパティ・インスペクション規格(NZS4306)がNZスタンダードから発表されました。
この規格の狙いは、住宅購入者だけでなく、ホームオーナーにも維持管理の指針となる基準を詳細に分かりやすく示したことにあり、住宅開発に従事するデベロッパー、設計士、ビルダー、各種施工業者等、業界でも広く支持されています。
インスペクションを依頼される場合、この規格に沿ったチェックを依頼されては如何でしょうか。

インスペクションなどどうでもいいケースもある

一方で魅力的なロケーションであれば、家がどんなに老朽化していようが、家が傾いていようが問題とされない場合もあります。 つまり、家はどうでもいいというスタンスで取引するケースです。 極端なケースとしては、火災に遭った物件。 インスペクションを行う事自体、売主側からナンセンスと一蹴されてしまうこともあるでしょう。

買い手と売り手、お互いの主張やニーズには常にギャップがあるものです。 仲介ブローカーはインスペクションをないがしろには観ませんが、時として買い手に勝負を迫ることもあります。 人気のある物件はインスペクション条項がある高い値段の購入打診よりも、値段は低めでも何の条件もない方が有利に映り、別の購入者に渡ってしまうこともあるからです。 この辺が教科書通りに仲介が進まない事例と言えます。

インスペクションは誰のもの?

さて、ここから本題です。
インスペクションは圧倒的に購入者側のニーズが高く、購入する家の調査をいわば次期オーナーの費用と危険で執り行い、万一その結果が不満なら再度交渉テーブルに持ち込むか購入を見合わせるのが現状です。 つまり、インスペクションが交渉材料と化しています。

しかしながら、調査の過程で早急にメンテナンスが不可欠となる場合や更なる検査等、継続的対応を迫られることもあります。 買い手には「買わない」という選択肢もありますが、その時点で対応するべき問題に遭遇した場合、誰がそれらをフォローできるのでしょうか。 インスペクションは本来、交渉材料にするものではなく、物件の所有者であるオーナーの利益となるものであると私は考えます。 売却の為のマーケティングを開始するにあたって、私はインスペクションも費用の一部をして予算建てをお願いすることもあります。 同意して頂けないこともありますが、この主張を唱える仲介ブローカーは確実に増えています。 オープンホームや内見の際に尋ねてみては如何でしょうか 。

隣の芝生よりも自分の庭は青い?

家を売却する際、オーナー自身の自己査定価格はマーケティングを行う上で重要事項です。 購入後、様々な内装を凝らした後、自己査定価格を10倍以上のミリオン級物件に格上げられた方もいらっしゃいます。
購入された方が、物件を愛しておられる様子を伺えるのは仲介ブローカーとして嬉しいかぎりですが、売却の為の査定を承る場合には、現状マーケットの説明が私の最初の任務になる場合もあります。
仲介ブローカーは1ドルでも高く売りつけようとするとの批判もありますが、残念ながらブローカーの仕事を正しく認識されていない方の意見としか思えません。 ブローカーとよく話し合って下さい。

より良い値段と条件での売却を希望する場合、金額部分で強気で迫れる最大のポイントは建物の信頼性です。 それらを客観的に証明できるのが検査結果(レポート)となります。 定期的な診断とメンテナンスが行われてきた物件であれば、レポートをオープンホーム時に公開することにより、購入者により良い印象を与えられ、結果としても良い結果が得られます。

検査結果を受けて

家の場合、自然治癒のような自然的問題消滅は不可能ですから、インスペクションの結果、何らかの対応(補修など)に迫られる場合もあります。
既に売却を決めている場合、売主の心理としては売却してしまうのだから、余計な出費をかけずに値段を落としてでも、そのまま売却したい、または隠し通していたいと等々の葛藤の種にもなり得ます。
またはその補修費用を差し引いた金額で売却したいと考え、修繕見積金額の5,000ドル分を差し引くとしても、買い手側はそれでは満足しない場合もあります。 何故なら、殆どの買い手は完璧な状態と比較、それを希望するからです。

売り手の責任

NZの不動産売買は売主主導型マーケットとはいえ、売主側に課せられる責任条項は存在します。 売却を決めるとマーケット査定に関心が集中、より良い査定を求めがちですが、通常の査定にはインスペクション内容は含まれません。 不具合箇所の公開を避ける為、売却期間中に代理店系列を変更する売主が存在することも事実ですが、買い手側により一層の不安感を与える原因にもなりますから、購入者側の関心にも目を向ける余裕も必要とされます。 その意味からも売却意思の有無を問わず、定期的なインスペクションとメンテナンスはとても重要ではないでしょうか。。

2005年9月27日 記

著者紹介
そといし やよい
(Koru World Services 代表 NZプロパティコンサルタント 兼 仲介ブローカー REINZ正会員)

現在、最もアクティブなNZプロパティコンサルタント
ニュージーランド不動産を日本語で分かりやすく解説したウェブサイト「ニュージーランド不動産A to Z」の筆者。
オークランドの大手デベロッパーであるトニーテイグループの日本マーケット代表を務める傍ら、一般の不動産売買を行う仲介ブローカーとして、業界最大シェアを誇るBarfoot & Thompson Ltd. で初の日本人セールス・コンサルタントでもある。
通常のブローカーは限られた地域に限定して活動するが、刻々と変わるオークランドの広域市場を常に把握するコンサルタントであり続ける為に、あえてエリアを限定しないという厳しい課題を自身に課している。
丁寧で納得のいく説明とアフターフォローは、買い手からも売り手からも好評であり、彼女を頼るキーウィのクライアントも急増中。信頼度と期待感は更に厚くなっている。

このコラムへのご意見・ご感想をおまちしております。こちらまで>>